「この採用に、いくらまでかけていいのか」
求人媒体の営業から提案を受け、人材紹介会社から成功報酬の見積もりを提示され、そのつど「まあ、このくらいなら」と判断する。気づけば年間の採用費が数百万円に達しているが、それが高いのか安いのかを判断する物差しがない。
こうした状態を解消するには、相場ではなく自社の利益構造から上限を決める必要があります。この記事では、その算出方法をご説明します。
相場を調べても判断できない理由
まず、一般に流通している数字を確認します。
リクルート「就職白書2020」によると、2019年度の中途採用における一人あたりの平均採用コストは103.3万円でした。前年度の83.0万円から2割以上上昇しています。
一方、マイナビ「中途採用状況調査」をもとに算出すると、採用単価は約28.9万円という数字も出てきます。同じ「中途採用の平均コスト」でありながら、3倍以上の開きがあります。
この差は、調査対象と算出方法の違いによるものです。年間の採用費総額を採用人数で割る方法と、採用一人あたりの費用を直接聞く方法では、結果が変わります。また、採用人数が多い企業ほど単価は下がるため、大量採用する企業が母数に含まれると平均は低く出ます。
さらに、採用手法によって単価は大きく変動します。人材紹介を使えば理論年収の30〜35%が手数料として発生し、年収500万円の人材なら150〜175万円です。求人広告なら数十万円で済むこともあります。
つまり「中途採用の相場は100万円」という情報は、自社が今から採用しようとしている職種について、いくらまで出してよいかを何も教えてくれません。
判断すべきは「回収できるか」
採用は投資です。投資である以上、判断基準は回収できるかどうかです。
一人を採用することで自社に生まれる利益と、その人が在籍する期間を掛け合わせれば、その採用から得られる総額が算出できます。その総額を超える投資は、経済的に成立しません。
計算式
採用投資の上限 = 一人あたりの年間利益貢献 × 想定在籍年数 × 安全係数
各項目を順に見ていきます。
一人あたりの年間利益貢献
自社の経常利益を従業員数で割った数字が出発点です。ただしそのまま使うと過大になるため、実態に合わせた調整が必要です。
たとえば経常利益8,000万円、従業員50名の企業であれば、単純計算で一人あたり160万円です。ただし経常利益には、既存の設備や顧客基盤による貢献も含まれています。新たに採用する一人が既存社員と同等の利益を生むまでには時間がかかります。
実務上は、この数字を3〜5割程度に割り引いて考えるのが現実的です。職種によっても異なります。営業職のように売上に直結する職種と、管理部門のように間接的に貢献する職種では、扱いを分ける必要があります。
想定在籍年数
厚生労働省の雇用動向調査などから、業種別・企業規模別の平均勤続年数を確認できます。ただし全社平均をそのまま使うのは危険です。
見るべきは、自社の直近の実績です。過去3年間に中途採用した人材のうち、何人が現在も在籍しているか。1年以内に退職した割合はどの程度か。この数字が、次の採用でも同じように起こると考えるのが妥当です。
平均勤続年数が8年の会社でも、中途入社者の3年離職率が40%であれば、中途採用者の期待在籍年数は8年より大幅に短くなります。
安全係数
上記の計算はすべて想定に基づいています。想定通りにいかない可能性を織り込むため、0.6〜0.8程度を掛けて上限を設定します。
採用がうまくいかない可能性、想定より早く退職する可能性、期待した成果が出ない可能性。これらを個別に見積もることは困難なので、まとめて係数で処理します。
計算例
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 一人あたり経常利益(実質) | 56万円/年 |
| 期待在籍年数 | 8.7年 |
| 安全係数 | 0.7 |
| 投資上限 | 約341万円 |
この企業であれば、一人の採用に341万円まで投じても経済的には成立します。人材紹介で年収500万円の人材を採用し、手数料175万円を支払っても回収可能な範囲です。
逆に、この計算で上限が80万円と出た企業が人材紹介で175万円を支払えば、その採用は経済的に成立しません。相場が100万円だからという理由では判断できないのは、このためです。
見落とされやすいコスト
採用コストを計算する際、多くの企業が外部への支払いだけを数えています。求人広告費、人材紹介手数料、採用サイトの制作費。これらは請求書が来るので把握しやすい費用です。
しかし実際には、これ以外にも相当のコストが発生しています。
社内の人件費
採用担当者の稼働時間、書類選考にかかる時間、面接に参加する社員の時間。役員が面接に出れば、その時間の人件費も採用コストです。
一次面接に2名、二次面接に2名、最終面接に役員1名が参加し、各1時間としましょう。応募者10名を面接すれば、それだけで数十時間が消費されます。時間単価を5,000円と仮定しても、数十万円の内部コストです。
海外の調査では、採用コストの45%前後が採用担当者の労働時間と内部人件費であるという分析もあります。外部支払いだけを見ていては、実態の半分程度しか把握できていないことになります。
欠員が埋まらない期間の損失
ポジションが空いている間、その業務は誰かが肩代わりするか、実行されないままになります。
営業職であれば、売上機会の損失として計算できます。年間3,000万円を売り上げる営業職のポジションが3か月空けば、単純計算で750万円の機会損失です。この数字は、採用にかける費用の何倍にもなり得ます。
「採用コストを抑えるために、条件を下げてじっくり探す」という判断が、結果として大きな損失につながることがあります。
早期離職による再採用
採用した人材が1年以内に退職すれば、そこまでにかかった採用コストと教育コストは回収できません。加えて、もう一度採用をやり直すコストが発生します。
つまり、採用単価を下げても早期離職率が上がれば、実質的なコストは増えます。安く採ることと、安く済ませることは別です。
チャネルごとに判断する
投資上限が決まれば、どのチャネルが使えるかが自動的に決まります。
| チャネル | 費用の目安 | 特徴 |
|---|---|---|
| ハローワーク | 0円 | 費用はかからないが、母集団の質と量は職種による |
| 求人広告 | 20〜80万円 | 掲載期間内なら複数採用も可能。採用できないリスクは自社が負う |
| ダイレクトリクルーティング | 30〜100万円 | 運用工数が大きい。社内の稼働を含めた実質コストで見る必要がある |
| 人材紹介 | 年収の30〜35% | 成功報酬型でリスクは低いが単価は最も高い |
投資上限が341万円の企業であれば、年収500万円の人材を人材紹介で採用しても回収できます。上限が100万円の企業であれば、人材紹介は選択肢から外れ、求人広告やハローワークを軸に組み立てることになります。
重要なのは、この判断を職種ごとに行うことです。全社で一律の採用予算を持つのではなく、そのポジションが生む利益に応じて上限を変えます。営業職と事務職では、生み出す利益も採用の難易度も異なります。同じ予算枠で扱う理由はありません。
判断の順序
実務としては、次の順序で進めます。
第一に、そのポジションが必要かを確認する。
欠員補充の場合、前任者と同じ業務をそのまま引き継ぐ前提になりがちです。業務の一部を他のメンバーに再配分できるか、外部委託やツールで代替できるかを先に検討します。採用しないという選択肢が最も安上がりです。
第二に、投資の上限を算出する。
前述の計算式で、そのポジションにいくらまで出せるかを決めます。この数字は社内で共有し、稟議の根拠として使えるようにしておきます。
第三に、上限に収まるチャネルを選ぶ。
上限が決まれば、使えるチャネルは絞られます。予算内で最も採用確度の高い手段を選びます。
第四に、実績を記録する。
採用が完了したら、実際にかかった費用を内部人件費まで含めて記録します。この記録が、次回の判断精度を上げます。
多くの企業では、第二と第四が抜けています。上限を決めずにチャネルを選び、実績を記録しないまま次の採用に入るため、いつまでも判断基準が蓄積されません。
採用が成立しない場合
計算の結果、投資上限が想定より低く出ることがあります。その職種の採用が、自社の収益構造では成立しないという判定です。
この場合の選択肢は3つあります。
採用を見送る。
経済的に成立しない採用を無理に行えば、採用できたとしても収益を圧迫します。時期を待つ、あるいは別の方法で業務を回すという判断があり得ます。
条件を変える。
求める経験年数を下げて教育前提で採用する。あるいは正社員ではなく業務委託で対応する。ポジションの定義を変えることで、投資額を上限内に収める方法です。
利益構造を先に変える。
一人あたりの利益貢献が低いこと自体が課題であれば、採用の前に生産性の改善が必要です。採用によって解決するように見えて、実は別の問題であることは少なくありません。
いずれにせよ、判断の材料を持ったうえで決めることに意味があります。相場に従って支払い、後から高すぎたと気づくよりも、先に上限を知っておくほうが健全です。
まとめ
- 採用コストの相場は調査によって3倍以上の開きがあり、判断材料にはならない
- 判断基準は「自社の利益構造で回収できるか」に置く
- 上限は「一人あたり年間利益 × 想定在籍年数 × 安全係数」で算出する
- 外部支払いだけでなく、社内人件費と欠員期間の損失も含めて考える
- 上限が決まればチャネルは自動的に絞られる
- 職種ごとに上限を設定し、実績を記録して精度を上げる
自社の投資上限を算出する
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