「即戦力が欲しい」「優秀な人を採りたい」
採用の起点にあるこの言葉は、実は何も決めていないのと同じです。即戦力の定義は人によって違い、優秀さの基準も面接官ごとに異なります。定義しないまま募集を始めれば、求人票は抽象的になり、面接の評価は割れ、入社後に「思っていたのと違う」が発生します。
採用要件の言語化は、採用活動で最初にやるべき作業です。にもかかわらず、多くの企業がここを飛ばして媒体の選定から始めています。
要件が曖昧だと何が起きるか
要件の言語化を怠ると、採用の各工程で具体的な支障が出ます。
求人票が書けない
求める人物像が「コミュニケーション能力の高い方」しか書けません。求職者は複数の求人を比較しているため、どこにでもある表現の求人は選ばれません。
面接の評価が割れる
一次面接の担当者と二次面接の担当者で基準が違えば、通過者のタイプが安定しません。一次で高評価だった候補者が二次で落ちる、という状態が続きます。
経営と現場でズレる
最終面接に役員が入る場合、現場が求めている人材と役員が評価する人材が食い違うことがあります。現場は実務の即応性を見ているのに、役員は将来の幹部候補として見ている、といった具合です。
入社後にミスマッチが発覚する
採用時点で何を期待していたかが曖昧なため、入社後の評価基準も定まりません。本人にとっても、何をすれば評価されるのかが分からない状態になります。
これらはすべて、要件を定義していれば防げます。
出発点は「その人に何をしてもらうか」
要件定義は、人物像から考え始めると失敗します。「明るくて前向きな人」「成長意欲のある人」といった、誰でも欲しい特性が並ぶだけになるためです。
出発点は業務です。次の順序で考えます。
① そのポジションで何をしてもらうのか(役割)
② 何ができれば成果と言えるのか(期待成果)
③ その成果を出すために何が必要か(要件)
① 役割を書き出す
採用したポジションの人が、入社後に担当する業務を書き出します。抽象的な職種名ではなく、実際の作業レベルまで落とします。
「営業」ではなく、「既存顧客50社の定期訪問と提案、新規は年間10社の開拓、見積作成と契約書のとりまとめ」といった粒度です。
② 期待成果を数値で置く
その業務を通じて、何が達成されれば成功なのかを定めます。可能な限り数値で表現します。
「1年後に既存顧客の売上を前年比110%、新規契約3件」といった形です。数値化が難しい職種でも、「半年で〇〇の業務を独力で回せる状態」といった達成水準は設定できます。
ここが決まると、採用後の評価基準にもそのまま使えます。
③ 必要な要件を導く
期待成果から逆算して、何が備わっていれば達成できるかを考えます。この順序で導けば、要件に根拠が伴います。
「調整力」という要件を挙げるなら、「複数部署との連携が日常的に発生するため」という理由が説明できる状態になります。理由が説明できない要件は、なんとなく欲しいだけの条件です。
要件を3層に分ける
洗い出した要件を、次の3つに分類します。この作業が最も重要です。
| 分類 | 定義 | 判断 |
|---|---|---|
| 必須要件 | これがなければ業務が成立しない | 満たさなければ不採用 |
| 歓迎要件 | あれば望ましいが、なくても採用する | 加点材料 |
| 不問 | 評価に含めない | 判断に使わない |
多くの企業では、この3つが混ざったまま採用活動が進んでいます。結果として、必須ではない条件で候補者を落としたり、逆に必須要件を満たさない人材を「人柄が良いから」という理由で通してしまいます。
必須要件は絞る
必須要件が5つも6つも並んでいる場合、ほぼ確実に絞り込みが足りていません。
「本当にこれがなければ業務が回らないか」を一つずつ検証してください。多くの場合、入社後に習得可能なスキルや、他のメンバーが補完できる要素が混ざっています。
実務上、必須要件は3つ以内に収まることがほとんどです。
不問を明示する意味
評価に使わない項目を明示しておくと、選考のブレが減ります。
たとえば「同業界の経験」を不問にすると決めれば、異業種からの応募者を業界経験の有無で落とすことがなくなります。逆に必須にするなら、そのポジションで業界知識がなぜ不可欠なのかを説明できる必要があります。
年齢、性別、学歴などについては、そもそも選考基準にできない項目があります。要件を整理する過程で、法令上使えない条件が紛れ込んでいないかも確認してください。
市場に存在するかを確認する
要件が固まったら、その条件を満たす人材が採用市場にどれだけいるかを確認します。
母数の確認方法
人材紹介会社や求人媒体の担当者に、要件を伝えて該当者数を聞いてください。多くの媒体では、条件を指定した検索で登録者数が確認できます。
このとき、必須要件だけで検索します。歓迎要件まで含めると母数は極端に減ります。
母数が少ない場合
該当者が二桁前半しかいない場合、その採用は極めて困難です。しかもそうした人材は現職で評価されており、転職市場に出てくる確率は低くなります。
対応は3つです。
必須要件を歓迎要件に移す。
「同業界5年以上」を「業界不問、法人営業3年以上」に緩めれば、母数は大きく変わります。入社後の教育で埋められる部分がないかを検討します。
条件を上げる。
市場に少ない人材を採るなら、提示条件で競合に勝つ必要があります。年収レンジの見直しが避けられません。
採用以外の手段を検討する。
業務委託、既存社員の育成、業務の外部化。そのポジションを正社員で埋めることが唯一の解ではありません。
給与水準との整合
要件と給与が釣り合っていないケースは頻繁に起こります。求める経験値に対して提示額が市場水準を下回っていれば、応募は来ません。
同じ職種・同じエリアの求人を10件確認し、自社の提示額がどの位置にあるかを把握してください。下位にあるなら、要件を下げるか給与を上げるかの判断が必要です。
面接で判断できる形にする
要件が決まっても、面接で確認できなければ意味がありません。
行動で確認できる表現に変える
「柔軟性がある人」では、面接で何を聞けばよいか分かりません。これを行動レベルに置き換えます。
| 抽象的な要件 | 確認できる表現 |
|---|---|
| 柔軟性がある | 複数の業務を並行して進めた経験がある |
| 主体性がある | 指示されていない改善を自ら提案し、実行した経験がある |
| コミュニケーション能力が高い | 立場の異なる相手と合意形成した経験がある |
| ストレス耐性がある | 想定外の事態に対処した経験と、その進め方 |
過去の行動を聞く形にすれば、候補者の回答を事実として確認できます。「今後どうしたいか」という意欲の質問は、回答が用意しやすく、判断材料になりにくい傾向があります。
質問を事前に決めておく
要件ごとに、確認するための質問をあらかじめ設定します。面接官が変わっても同じ質問をすることで、候補者間の比較が可能になります。
質問を統一する手法は構造化面接と呼ばれ、評価のばらつきを抑える方法として知られています。すべてを型どおりに進める必要はありませんが、必須要件を確認する質問だけでも共通化しておくと、判断の精度が上がります。
評価基準を段階で定める
「良い」「悪い」の二択では、面接官の主観が入ります。3〜4段階程度の尺度を設け、各段階がどういう状態かを言葉で定義しておきます。
例:主体性について
- 4:自ら課題を発見し、提案から実行まで完結させた経験が複数ある
- 3:指示された範囲内で改善提案を行った経験がある
- 2:指示された業務を確実に遂行している
- 1:受け身で、自ら動いた経験が確認できない
この定義があれば、面接官が違っても評価が近づきます。
社内で合意を取る
要件を作っても、関係者に共有されなければ機能しません。
誰と合意するか
最低限、次の3者の認識を揃えます。
採用担当者:求人票を書き、候補者と最初に接触する
現場の責任者:実際に一緒に働き、日々の業務を任せる
最終決裁者:最終面接を担当し、採用の可否を決める
このうち、現場と最終決裁者のズレが最も多く発生します。現場は目の前の業務を回せる人材を求め、経営層は将来の可能性を見る。どちらも正当ですが、優先順位を決めておかなければ選考が止まります。
背景まで共有する
要件の一覧を渡すだけでは不十分です。「なぜこの要件が必要なのか」という理由まで共有してください。
理由を理解していない面接官は、要件を機械的に当てはめるか、逆に自分の判断で無視します。背景が共有されていれば、要件に完全には合致しないが本質的には適した候補者を、根拠を持って判断できます。
選考中に変えない
選考が進むなかで「やっぱりこういう人がいい」と要件が変わることがあります。応募者を見て初めて気づくこともあるため、変更自体は否定しません。
ただし変更する場合は、関係者全員に共有し、それまでの候補者の評価も見直す必要があります。共有されないまま基準が動くと、選考は混乱します。
実務の手順
まとめると、次の順序で進めます。
- そのポジションの業務を具体的に書き出す
- 1年後の期待成果を、可能な限り数値で定める
- 成果を出すために必要な要件を洗い出す
- 必須・歓迎・不問の3層に分類する(必須は3つ以内)
- 必須要件で市場の母数を確認する
- 母数が足りなければ要件か条件を見直す
- 要件を行動で確認できる表現に変換する
- 要件ごとの質問と評価基準を設定する
- 採用担当・現場・決裁者で合意する
- 求人票を書く
求人票が10番目にあることが重要です。多くの企業はここから始めています。
まとめ
- 「即戦力」「優秀な人」は要件ではない。定義しなければ何も決まっていない
- 人物像からではなく、業務と期待成果から逆算して要件を導く
- 必須・歓迎・不問の3層に分け、必須は3つ以内に絞る
- 要件を決めたら、市場に該当者が何人いるかを必ず確認する
- 抽象的な要件は、過去の行動で確認できる表現に変換する
- 採用担当・現場・決裁者の3者で、理由まで含めて合意する
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